ファンの街に通じる門の警備は、先に侵攻を受けたタラントほどではないにしろ、しっかりとしたものだった。
おそらくファンドリアから通じる街道ならばもっと厳しい検査が行われていたのだろうが、私が入ろうとした西門はオーファンにとって脅威となり得ない西部諸国に通じる街道であるせいか、それほど厳しさを感じる検問は行われなかった。
とはいえ、私はSMSの一員であった。ということは、鰾膠もない言い方をすると「タラントの軍人」なのだ。
オーファンとタラントの関係はそれほど悪いというわけではない。しかしだからといって、今街中に入ろうとしている人物が他国の軍人であると分かれば、面倒なことになりかねなかった。
しかし、今回私はSMSのメンバーとしてファンを訪れたのではない。実際には一旅人と言う身分であり、よってSMSのメンバーであることを証明するものも持ち合わせていなかった。そのため、何の苦もなく街の中に入ることを許された。
今まで、私はファンの街のことを魔術師ギルドの講義の中でしか耳にすることはなかった。というのも、その講義を受けた時、私はまだ東方のオランにいたからだった。オランに限らず、たいていの魔術師ギルドでは西方語の読解や会話といった講義が開かれている。私もタラント行きが決まったときにこれらの講義を受けたのだが、やはり西方の地理に関しての講義も併せて行われた。だからこそ、私も机上の話だけとはいえ、オーファンやファンの町のことを詳しく知りえたのだった。
私の知識では、ファンの街は決して治安が悪いというわけではなかった。というよりは、近隣の大都市の中では比類ないほど治安がよいとのことだった。
しかし、こうして実際に街中を歩いてみると、思っていた以上に好感を持てるものだった。
相手が一介の通りすがりの旅人であるにもかかわらず、道を尋ねられた人はみな親切に行きかたを教えてくれた。そればかりか、近所に行く用事があるからと一緒に来てくれる人までいた。この街の治安がいかによい物かと言うことが、このことからも窺い知れた。
そのとき道案内をしてくれた中年女性は、希しくも私と同い年だった。その女性は、ハーフエルフを見ること自体が初めてだということで、遠慮気味ながら私の年齢を尋ねてきたのだった。私が正直に本当の年齢を答えると、彼女は驚いた顔をして自分も同じ歳だと打ち明けてくれたのだった。それと同時に、エルフの血を引くハーフエルフである私の老化の遅さを非常にうらやましがった。私がそれに対して「貴女もまだまだお若いですよ?」と答えると、非常にうれしかったらしく、それからしばらくの間、打ち解けた雰囲気での会話を楽しむことが出来た。
その女性が別れ際に教えてくれたとおりに歩いていくと、私が目標としていた建物が現れた。そこはリュウゼンの自宅だった。思っていたよりも大きく立派な建物だった。ここでは母のほかに3人のメイドが働いているとティムから聞いていたが、それに見合ったほどの大きさだった。
私は、苦もなく敷地の中に入ることができた。門衛はいるにはいたが、要件を告げるとあっさりと中に通してくれたのだった。一瞬、あまりに無防備に感じてなんだか不安になった。しかし、よく考えてみたらリュウゼンほどの人だから私がここに来るということを事前に知っていたのかもしれなかった。
私はそのまま屋敷には入らず、裏手のほうに回ってみた。母がよくそこで庭仕事をしていると聞いたからだ。
もうすぐ母に会えるんだ。待ちに待った瞬間が、やっと来るんだ。
そう思うと自然と足も速くなっていった。すでに逸る気持ちを抑えることは私には不可能となっていた。
はたして、母はそこにいた。そこで何か野菜でも作っていたのだろうか、小ぢんまりとした畑があって、そこで草をむしっていた。
その姿は、かつてテロ組織「スプリット」のメンバーとして暗躍していた時のものでも、記憶喪失のまま精霊部隊の顧問としての任務に没頭していたときのものでもなかった。母と私が近隣の村民の夜襲を受けて生き別れになる前の、あの優しさと強さを兼ね備えていた頃の母の姿そのものだった。
「お、かあ、さん・・・?」
私の口から、母を呼ぶ声が自然について出てきた。その言葉に反応して、庭仕事をしている母の手がぴたりと止まった。そして、ゆっくりと顔を私のほうに向けた。最初はその顔を大きな驚きが支配していたが、それがすぐに喜びに取って代わった。
「ティア・・・・・・?」
母は立ち上がると、私に言葉を返した。
「本当に、本当のお母さんなの?」
私は目の前にいる母に対して尋ね返さずにいられなかった。先のつらい記憶が、テロリストとしての母の、記憶喪失の母の記憶があったから。
しかし、母は情愛の念を顔で示しながら、首を縦に振って答えてくれた。
「ええ、そうよ。そうよ、ティア」
その言葉で、私の気持ちは一気に高ぶってきた。
あの忌まわしき日から今まで、何度もこの日が来ることを待ち望んでいた。そして今日、それが実現したのだった。
やっと、やっと昔のままの母と会えたんだ!
そう思うと、私はあふれる涙をこらえようともせず、そのまま母に向かって一直線に走っていった。途中でクックルが驚いて私の肩から飛び立ったことすら気がつかなかった。
私は母に向かって駆け寄ったそのままの勢いで、この世で最も愛する人の胸の中に飛び込んだ。母のあの懐かしいやわらかな匂いが、私の鼻を衝く。
母はそんな私を力強く受け止めると、私の体をやさしく抱きしめてくれた。
「お母さん、ずっと会いたかったよ、お母さん・・・。」
私は、それだけ言うと、気持ちの奔流に身を委ね、母の腕の中で泣きじゃくった。
うれしかった。本当にうれしかった。このまま世界が滅んでしまってもいいとすら思った。
「ええ、私も、お母さんも、ずっとティアと会いたかったのよ」
母も泣きながらそう返してくれた。
「ごめんね、今まで心配をかけてごめんね、ティア」
母は、私の肩に回していた左手を離し、私の頭を撫でながら、何度も何度も謝罪の言葉を口にした。しかし私はもう何も言うことができなかった。ただただ、母の肩が涙でぬれるのもお構いなしに、首を横に振ることしかできなかった。
母と私は、しばらくの間お互いの胸の中で泣き続けていた。そのもつれ合った姿をそばに立つ小ぢんまりとした木の枝に止まったクックルが見ていることも気が付かないままに。

「さあ、お母さんにかわいい娘の顔をゆっくりと見せて頂戴?」
しばらくすると気持ちが落ち着いてきたのだろう、母はそういうと私の顔を自分のほうに向けようとした。
私は涙でくしゃくしゃになった顔を見られるのが恥ずかしかった。しかし、母はそんな私の顔の正面に自分の顔を覗かせた。
「あらあら、そんなに泣いちゃって・・・。あなたのかわいい顔が台無しよ?」
母はそういうと、懐から手巾を取り出し私の目頭を拭いながらくすくすと笑った。私は、恥ずかしさのあまり首を激しく横に振った。
でも、同時に素直に喜びたい気持ちもわいてきた。今まで捜し求めていた昔ながらの母を取り戻したという実感が、今になって感じられるようになったのだ。
しばらくして気持ちが落ち着いてくると、私はもう一言「本当に会いたかった」といった。
母も同じように「私もよ」と返したあと、
「それにしても、ティアも強くなったのね」
といった。話を聞いていると、どうやら、タラントでの戦いで私が放った「ライトニング」の魔法のことを言っているようだった。
それに対して私は、母を捜すための力になるかもしれないから古代語魔法を勉強したと返事した。
そのとき、母が少し悲しそうな顔をしたのを私は見逃さなかった。
「お母さん、どうしたの?」
よもや、私が古代語魔法の勉強をしたことで母が気を悪くすることはないだろう。だからこそ、なぜ母がそのような顔をしたのか私は気になった。
「本当に、あの時以来ずっと、ティアに苦労をかけちゃったのね・・・」
しばらく経ってから、母は言った。
そのことで、私には母が何を言いたかったのか理解することが出来た。
普通、古代語魔法を学ぼうとする人は、魔術師ギルドに入るか、ギルドから脱退した魔術師から教えてもらうかのどちらかを選ぶことになる。私の場合はオランの魔術師ギルドに入門したので前者のパターンになるのだが、どちらにしても導師の門下生となるまでに膨大な費用を必要とする。また一度入門しても、そのあと魔術師として独り立ちするまでの間にも非常に多くの金を費やすのだ。その金額の桁があまりに多いせいで、ギルドに入るのは金満の貴族の子供だけであるとの噂がまことしやかに流れている。
しかし、私の場合はほとんどお金のない状態で帰るべき家を失ってしまったため、まず生き延びるために仕事を探す必要があった。
そこで私は隊商の護衛をすることで生活費とギルドへの納付金を稼ぐことにした。
私の場合、エルフの集落で生活していたため精霊に慣れ親しんでいたし、剣の心得もあったので、ある程度は重宝された。戦いそのものが苦手ではあったが、もともと隊商には女気がないせいか、仕事がなくて困った記憶はほとんどなかった。私が女であるということそれだけの理由で仕事が舞い込んでくるというのも複雑な気分ではあったが、金が必要な時期とあっては仕方なかったし、ある意味ありがたかった。
私が実際に魔術師杖を授与されたのはずいぶんあと、オリーに誘われて冒険者稼業を始めてからのことだった。
「本当に、ごめんなさい。お母さんのことを許して・・・。」
しばらく無口になったせいか、母がもう一度謝罪の言葉を口にした。
「ううん、そんなことはないわ、お母さん」
それに対して、私はかぶりを振った。
確かに苦労したのは確かだった。けれど、そのおかげで今の仲間たちに会うことができたのも確かだった。
実の妹のように愛らしく、それでいていつも凶刃から私のことを守ってくれたシェリー。
包容力があり、そしていつも私のことをよく理解してくれるフェリア。
母探しのためにわざわざこのファンまで来てくれていたティムとマグジー。
そして、いつも精神的支えになってくれたメイラン。
ほかにも、ハーフエルフの私に対しても昔からの仲間のように受け入れてくれたオリー、
か弱かった私のことを信頼してくれていたウィスパード。
ほかにも、魔術師ギルドの仲間としていつも明るい笑顔を振りまいてくれたドルフや、豪商の娘ながら冒険者稼業にあこがれ、私たちを頼りにしてくれたアニス。
あの事件がなかったら、そしてあの時苦労をしていなかったら、今でも私は一人ぼっちだった。こんなにもすばらしい仲間に会うことはなかっただろう。
あべこべな話だが、このときだけは私たちの家を襲ってきた村人に感謝したい気持ちだった。
「でもね、あの『ライトニング』の魔法をあなたが使うのを見たから、お母さん、実は安心しているの。もうティアは私がいなくても一人で生きて行けるんだって」
そう母に言われると、私はなんだか恥ずかしくなり、ちょっと目を背けた。少し頬が朱に染まっていたかもしれなかった。
「うん、大丈夫。私は大丈夫よ、お母さん」
私はそう答えた。
もう、母には心配をかけたくなかったから。もう、母には私のことで泣いてほしくなかったから。
私は、もう一度母の感触を楽しもうと両手を母の背に回した。それに答えるかのように、母も柔らかく私の体を抱いてくれた。
そんな二人の目には、もう光るものはなかった。

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