「お母さん、今日は仕事しなくていいの?」
しばらく抱きしめあったあと、私は何気なく聞いてみた。母は今リュウゼンの自宅で小間使いをしていると聞いていたので、もしかしたら今日は忙しいのではないかと思ったのだ。
しかし、母の口から出てきたのはちょっと意外な話だった。
「今日は休みなの。というより、昨日突然10日ほど休むように言われたのよ」
私は少々驚いた。リュウゼンはおそらく私のファン滞在が今日から10日間であると事前に知っていたに違いなかった。尤も、あのリュウゼンならば人の予定を事前に知ることくらい容易いものなのかもしれない。そう考えると妙に納得できるのだった。
しかし、次の台詞にはさらに驚かされた。
「10日間の間なら、外泊だって、ファンからあまり離れなかったら街の外に出てもいいんですって」
「えぇ?そうなの?」
私はリュウゼンが私の滞在予定が10日間であることを知っていたこと、そしてそれだけの暇を母に与えたことには、たしかに大いに驚いた。
しかし、それ以上にうれしい気持ちのほうが大きかった。
今から10日間、母と水入らずの生活ができるんだ!10日間も母に甘えることができるんだ!
私は、三たび母を力強く抱きしめた。それに応じて、母もまた、私の体を両腕で包み込んでくれた。母と私はそれから長い間抱きしめあった。クックルは、相変わらず近くの木の枝に止まったまま、どこか優しげな視線を私たちに送っていた。

私は、母の自室で、母自身の手で淹れてくれた紅茶を飲みながら母の近況を聞き、そのあと近くの宿屋に2人部屋を借りた。
もちろん、母と私の2人だけの時間を過ごすためだった。
そして今度は私自身の、生き別れてからの話を母に聞いてもらっていた。
そのほとんどは、以前タラントで記憶喪失だった母にしたことのある話だったが、あの時とは私自身の気持ちも違っていた。
あの時は、「母でありながら母でない」という気持ちが強く、些か緊張しながら他人行儀な話し方しかできなかった。
しかし、今度は違う。私が話をしている相手は、昔ながらの母なのだから、自然と話も弾んでいった。
母も、一度聞いたことのある話であるにもかかわらず、いやな顔ひとつせずに私の言葉に耳を傾けてくれた。あるときは驚き、あるときは笑ってくれた。私には、それが非常にうれしかった。
ただ、フェルディさんのことに話が及ぶと、母はちょっと寂しそうにつぶやいた。
「一度、フェルディアリサに挨拶に行かないとね・・・」
その気持ちは、私にもよくわかっていた。母も本当はすぐにでもフェルディさんに会いに行きたいと思っているに違いなかった。しかしリュウゼンの小間使いという母の今の身分では、それはとても叶わないことだった。
二人の間にしばしの沈黙が訪れた。私は母の決して浅くはない心の傷口を広げてしまったのだろうか。ちょっと気まずい気分のまま、サイドテーブルに置いてある燭台の上で常にゆらゆらとその姿を常に変えるろうそくの炎を見つめていた。
母は気を取り直したように、そして私を元気付けるように言った。
「でも、これから一生彼女に会えないというわけでもないんだし、挨拶はそのときでもいいわね」
その言葉に、私は助けられた。
「うん、そうね。また行きましょ」
私はそういうと、力強くうなずき返した。

その日の夜は、母と枕を並べて床に就いた。
それなりに立派な宿だったので、ベッドの広さも、布団の柔らかさもちょうどよい具合だった。もし一人で床に入っていたら、すぐに寝入ってしまっていたことだろう。
しかし、今日は同じベッドの中、すぐ横に母がいた。
2人部屋を取っていたので、ベッドも2つあった。本当ならば母と私は別々のベッドで寝ることもできたわけで、いい大人である私がこの歳になって母と一緒にねるなんて恥ずかしいところだったが、久しぶりに再会したのだから今回だけはいいだろうと自分に言い聞かせていた。母もきっと同じように思っていただろう。
「お母さんと一緒に寝るのなんて、何年ぶりかしら」
私は母に尋ねてみた。あまりのうれしさに、その気持ちが声にまで出てきてしまうのは仕方ないところだろう。
「そうね・・・。私たちの森に引越ししたときも最初のうちは一緒に寝てたから、それ以来かしらね」
「うん、そうだね」
私は答えて、大きく息を吸った。久しぶりに感じる布団と母の匂いが心地よかった。
私はしばらく仰向けになって考え事をしていた。タラントからここまでの道中は決して楽なものではなく、硬い地面の上で寝起きしすることもあったので相当疲れていたはずだった。なのに、この晩ばかりはとても寝付けそうになかった。やはり、再会を果たしたことで相当興奮していたのだろうか。
「ねえ、ティア、ファンでは何かしたいことはないの?」
不意に母が声をかけてきた。母もやはり寝付けなかったのだろうか。
そのとき初めて、魔術師ギルドに立ち寄る以外に用事がないことを思い出した。
そのことを口にすると、母はちょうど良かったとばかりに言った。
「もしよかったら、明日買い物に行かない?」
「うん!行こう!」
私は即答した。
思えば昔は二人で森の中を走り回ったことはあっても、街の中で一緒に歩いたことはなかった。それが買い物という形で実現したことで、私の心の底からまた新たな喜びが湧いてきた。
「じゃあ、何を買おうかしらね。服?それともアクセサリ?」
母のその声は、非常にうれしそうだった。やはり母も私と同じ気持ちだったのだろうか。
「どっちも!」
「あらあら、欲張りね。でも時間はたっぷりあるから、別に明日一日で回る必要ないわね。またゆっくり決めましょ」
私はまたも即答すると、母は苦笑交じりに応えた。
母のその意見は、私にとって異存であるはずもなかった。
私は買い物の約束を母と取り交わすと、今度こそ眠りにつこうと瞼を閉じた。
しばらくすると、先ほどはあれほど寝られなかったのが嘘のように、すぐに深い眠りに入っていった。

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