楽しかったファン滞在も残すところ2日となった。
その間、ほとんど毎日、母と会話をしたり、買い物をしたり、街から一歩出てのハイキングを楽しんだりした。
本当に夢のような出来事ばかりだった。
そしてこの日は、ミードで知り合ったアニス=ガララーガを交えて3人で食事を楽しむことになっていた。
今までもミードで、オランで食事を共にすることはあったが、ファンに来てからは初めてで、もちろん母やアニスと食事をすることも初めてだったので、非常に楽しみにしていた。
母は、その準備のため外出しており、私は一人、宿の二人部屋で、特に何をするでもなく、日が傾き始めたファンの街を眺めていた。
ちょうど夕飯を支度している時間であるせいか、あちらこちらの煙突から煙が立ち昇っており、風向きによってはおいしそうな食事の匂いが漂ってきた。匂いをかぐだけでメニューを想像してしまい、そのたびにお腹の虫が鳴きそうになるのを、私は必死にこらえていた。いくらその音を聞く人がいないとはいえ、それは私にとって恥ずかしいことだったのだ。
(今頃、みんなは何をしているのかな・・・)
きっと、シェリー、メイラン、フェリアの3人や、私の仲間、もとい部下の6人はSMSの訓練にいそしんでいるのだろう。
マグジーは、もしかしたら今頃は宝石を弄っているのかもしれない。
ティムは、盗賊ギルドの中で何をしているのだろう。
私は空腹を紛らわそうと思い、長い間寝食を共にし、苦楽を分かち合ってきた仲間としばらく会っていない寂しさもあったのだろうが、そのようなとりとめもないことを考えていた。
そのとき、扉をノックする音が聞こえた。この叩き方は母のものだった。
「はーい」
私は返事すると、中側から扉を開けて、母を招き入れた。
「ごめんなさいね、思ったよりも時間がかかってしまったの」
「ううん、大丈夫よ」
母が申し訳なさそうに切り出したが、私は笑顔でそれに応じた。
「それよりも、いつここを出るの?」
アニスと対面するのはオランを出てからでは初めてだった。
正直、久しぶりの再会を楽しみにしていたし、オラン滞在中に、母に会いに行く私たちのために、上等な客室を用意してくれたお礼も言いたかった。
また、冒険者でもあるアニスに、あれからの私たちの冒険の話も聞いてもらいたかった。
そんな積もる話がしたかったのだ。
母は苦笑しながらそんな私に落ち着くように手で示しながら言った。
「アニスのほうも準備がいろいろとあるようなの。その準備が終わる頃にここを出ましょう?」
私はその言葉に異論があろうはずもなかった。アニスは豪商の令嬢であり、いろいろと準備をしないといけないこともあるだろう。私はそのときそう考えた。
尤も、それは必ずしも正解ではなかった事をすぐに知ることになったのだが。
母と私は、それから雑談をしながら時を過ごした。二人が宿を出てアニスの屋敷に向かったのは、それからちょうど半刻ほど経った後のことだった。

「お母さん!ちょっと、これどういうことなの?!」
私は、アニスの自宅の一角にある部屋を出ると、恥ずかしさのあまり母に詰め寄った。
着慣れない服装で大股で歩いたせいか、誤ってスカートのすそを踏んでしまい、
しかも履きなれない靴をはいていたせいか、足をくじきそうになりバランスを崩した。
そんな私を見て母とアニスは苦笑をもらしたものだから、私は堪らず顔を赤くしながら視線を二人から逸らした。

今私が着ている服は、普段から着慣れているものでも、今回の旅で買い足した服でもなかった。その代わりに纏っていた物は、鮮やかなまでにまぶしい赤のシルクのドレスだった。そして両手には肘まである同じ色した長い手袋、足にはやはり赤い色をした、かかとの高い靴。
女性なら誰でも憧れるような豪華な衣装だったが、予告もなく何の心構えもなくこのような服を着せられて、私の頭の中はパニックになっていた。
母と私がアニスの自宅につくと、門衛はすぐに庭に入れてくれ、玄関に入ると、まるでこの瞬間を待ち侘びていたようにアニスがそこにたたずんでいた。
そこまでは何の疑問もはさまなかったのだが、それからすぐに、有無も言わさずアニスと母に背中を押されて、強引に更衣室に連れ込まれたのだった。慌てふためく私をよそに、そこにいた4人のメイドは、実に手際よくそれまで纏っていた衣類を脱がせ、私にドレスを着せると、これまた馴れた手つきで化粧を施した。
あまりに突然の出来事のせいで何もできない私をよそに、私のメッシュの髪には足し毛が施され、結い上げられ、そこかしこに髪飾りを挿していった。
もちろん、耳飾、首飾も施され、ご丁寧に腕飾まで身につけさせられた。
そうして出来上がった変わり果てた自分自身の恥ずかしい姿に、自分を取り戻し、そのようなことを企んでいた母とアニスに詰め寄ったのだった。

私は転びそうになった原因となったドレスを、仕方なく両手で持ち上げるようにして二人に詰め寄った。
そういう二人も、今は平服を身に着けていなかった。
母は薄緑の落ち着いた色調のドレスを、アニスは深い青色をしたドレスを身に纏っていた。
しかし、普段から着慣れているだろうアニスはともかく、母まで自然にドレスを着こなしているのには内心驚いた。もしかしたら、普段からアニスあたりと高級レストランに頻繁に行ってるのではないだろうかというほどだった。
私に詰め寄られても動じないと思っていたが、案の定二人は平然と私が歩み寄ってくるのを見つめていた。
「ティア、似合ってるわよ?とってもきれいよ?」
直接手が触れるくらいまでに私が近づくと、母は笑いを押し殺すかのように、右手で口を隠しながら言った。
アニスがその横でうなずき同感の意を表してから
「前もってエリスさんからサイズを聞いておいてよかったわ」
といったものだから、さらに恥ずかしさがこみ上げてきた。
もしかしたら、先日服の買い物をしたときに店員に採寸してもらったのをすべて盗み聞きしたのだろうか?
「どう?気に入った?」
そうたずねる母の声はちょっと心配そうに聞こえた。
(なぜもっと早く言ってくれなかったの?)
私はそう言おうとしたが、喉まで出掛かっていたその言葉を我慢した。
もしかしたら、母は私が気を害したのではないかと心配になったのかもしれなかった。きっと、母は私に心の底から喜んでもらおうと思って、今の今まで隠していたのかもしれなかった。そんな母の気持ちを踏みにじるようなことが、私にはどうしても出来なかったのだ。
「ううん、それどころか気に入ってるんだけど・・・」
私は俯きながら首を横に振り、恥ずかしいと付け加えた。
アニスはその言葉にほっとしたようだったが、母は申し訳なさそうに
「驚かせてごめんね、ティア。でも、本当に喜んでもらうには、こうしたほうがいいと思ったの」
といった。
その言葉に、私は先ほど押し殺した言葉を口に出さなくて良かったと安堵の気持ちを覚えるとともに、またも母の強い愛情を感じた。
私は精一杯に笑顔を作ると、
「恥ずかしいけれど、うれしいわ、お母さん」
といって、その場で一回りしてみせた。
母は、それを聞いて安心したように笑顔で答えると、私の両肩を軽く抱き寄せてくれた。
アニスも同様にほっとした表情を顔に浮かべて、そんな私たちを見つめていた。
そのとき、玄関から初老の召使が入ってきて、私たちの元に歩み寄ると、馬車が到着したことをアニスに伝えた。
アニスは「ありがとう」と召使に返すと、
「では、準備も整ったようだし、行きましょ」
と私たちに言った。
その言葉に釣られて、母と私はうなずいた。
そして3人は連れ立って玄関に向かった。

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