それからの数時間は、初めての体験ばかりだった。
私が乗ったのは、見るも豪華な馬車だった。
私たちが今までのような生活をしている限り決してこのような馬車に乗ることはないだろうというような代物だった。
そのような豪奢な馬車に、私は母とアニスに向かい合うような形で座っていた。
シートのクッションは柔らかく、身体的に疲れることはなかったのだが、着ている服も含めて、今まで体験したこともないようなことばかりだったので、精神的に疲れていた。
対照的に、母は隣に座っているアニスとなにやら談笑していた。あるときは今までアニスが手に入れた珍しい商品のことを話し、あるときは母がアニスに対しておいしい料理を作っている店の話をしていた。
普段ならば話の輪の中に入っていくことができたのだが、とてもそのような気分ではなかったので、一人後ろから前に流れていく町並みを眺めていた。もう夕食前という時間帯であるせいか、町の中で立ち話している女性は少なく、その代わり勤め帰りの男性や買い物を終え家路を急ぐ女性の姿が多かった。そして陽気に遊びまわっている子供たちも多く見かけることが出来た。
私は元気に走り回っている子供たちが、羨ましく思えた。
私の生まれたセシュの村は、ハーフエルフに対して排他的という、典型的なエルフの村だった。私自身がハーフエルフだったので、私の幼少時代は一緒に遊んでくれる友人は皆無に等しい寂しいものだった。いくら母が遊び相手の役割を演じてくれたとはいえ、これは容易に埋め合わせのできないことだった。
「どうしたの?ティア?」
唐突に、正面から呼びかけられ、私は思わず声がした方向に顔を向けた。見ると、母が些か心配そうな顔をしていた。
正直に言うと、また母を悲しませる結果になりかねないので、適当にごまかすことにした。
「うん、ちょっと慣れない事ばかりで疲れちゃったかな?」
すると、母は
「あらあら、ティアもそろそろこういうことに慣れておかないとね」
そう言うと、表情をころっと変えておかしそうに笑った。
私もそれに釣られるように笑い、また顔を外に向けた。
馬車はもうじき高級住宅街に入ろうというところまできていた。
さすがに庶民の姿は少なくなり、その代わり貴族や富豪に仕えていると思われる身なりの人々が目立ってきた。
その割合が増えてくると、やがて馬車は大きなレストランの前にたどり着き、ゆっくりと止まった。
しばらくすると、今まで馬車の御者を務めていたのであろうアニスの召使が、馬車の扉を開けた。
私は、母に促されると、アニスと母に続いて外に降り立った。

私たちが建屋の中に入ると、待っていた給仕が即座に対応してくれた。そしてその給仕に従って店の中に入っていった。
当たり前のことだが、そこは今まで私たちが飲んだり食べたりしていた冒険者の店と比較にならないほど豪華な店だった。
そして、もちろん客としてそこに座っていた人たちも完璧なまでに正装を着こなしているような人たちばかりだった。
私自身も盛装しているにもかかわらず、このようなところを歩くのは場違いであるようにも感じていたし、何よりも恥ずかしさのほうが先にたった。ここに穴があったなら、ゴブリンの巣穴であってもいいから隠れてしまいたいという気分だった。
しかも、その先客たちの多くは私たちに視線を向けると、感嘆の声を漏らしていたので、さらに恥ずかしい気分になった。
私は歩を進めながら思わず俯いた。
それでも私たちに向けられる視線は減ることがなく、逆により多くの視線を惹きつける結果となってしまった。
私は顔がすごく紅潮していることに気がついた。おそらく周りの人にも化粧を通してそれと分かるであろう位に。でも、どうしようも出来なかった。
私たちに宛がわれた席に行き着くまで非常に長い間歩いたような気がしたが、その席に就くと、ようやく少し落ち着いた。
見ると、母は私の今の有様をみて微笑みかけていたが、アニスは笑いをこらえるのに必死であるようだった。
私が困ったような視線をアニスに返していたので、彼女もようやく平静を取り戻したようだった。
私たちがついた席はこの料理店の窓側に位置しており、しかも小高い丘の中腹にあったので、この窓からファンの町を望むことが出来た。すでに日がヤスガルンの稜線に隠れるくらいにまで時が経っており、街にはちらほらと明かりが灯されていた。
食事のメニューは予め決められていたようで、こちらから特に注文を出すこともなく次々と料理が出てきた。
このような高級料理店ではおなじみのメニューもあったが、初めてみるような料理も混じっていて、目を楽しませてくれた。料理の名前を聞いてもチンプンカンプンな物ばかりだったが、味のほうはさすがに格別だった。
しかし、私が楽しめたのは目と口だけで、それ以外の部位は寛いでいるとはとてもいえないような状態だった。音を立ててはならないこの場で、時々カチャと音を立ててしまい、そのたびに冷や汗が出た。アニスは目だけで周りを窺い、母は心配そうな視線を私に送ってきた。
しかし食事も終わりに近づくと、さすがに私にもゆとりが出てきた。それからは、小声ではあるが、アニスや母と色々な話をした。

「ごめんなさい。ちょっと席をはずしますわ」
アニスは突然そういうと、席を立ち、薄暗い店の奥のほうへと消えていった。
それを見送った母は、視線を私のほうに戻した後、唐突に予期しない質問を投げかけてきた。
「ティア、あなた、好きな人はいないの?」
その台詞を耳にして、私の血液は一気に顔に駆け上った。
そして、今まで気がつかなかった私の気持ちのひとつを、いやが応にも認識させられた。
もしかしたら、もしかしたら・・・。
その人は、私が理想とする人、つまり母と同じく、強く、それでいて優しい一面を持っていた。そればかりか、頭脳のほうも冴えていて、精神的な拠り所にもなっていた。
ただ、私がその思いを成就するための障害となる決定的な点があった。
その彼は、ハーフエルフを嫌っているということだった。
今でこそ私のことを「仲間」としてみてくれているが、だからといってその関係が「恋人」関係へと昇華する事はありえないと思う。その最たる理由が、「私がハーフエルフだから」ということだった。
それでも、私は見る見る顔が熱くなっていくのを感じていた。
「・・・・・・あのエルフの男性ね?」
母の口から発せられたその一言で、私ははっとなって母の顔を見た。
もしかして、母は最初から、私が気づく前から気がついていたのだろうか・・・?
「だって・・・、だって・・・・・・。」
私は反論しようとしたが、それから先がつながらなかった。なぜなら、私自身でも、私の気持ちが良くわかっていなかったのだから。
それはそうだろう。
私は、あの日から、母と生き別れになったあの日から、生きて再び会うことだけを目標としてきたのだ。だから、母の手がかりを見つけたら、それがどのようなものであろうと、それのみに一心不乱にしがみついたのだ。誰かを愛するという感情は湧かなかったし、そのようなことを気に留める余裕もなかったのだ。
しかし、ようやく母との邂逅を果たすことが出来た。そして、人生最大の目標といってもいい事柄を達成して、生まれて初めて恋という感情を胸に抱いたのだ。戸惑うのも無理はないことだろう。私はそう思った。
母は続けた。
「だって、この前あなたの今までの冒険の話を聞かせてもらっていたときも、あの人の話をするときはすごく目が輝いていたわよ?」
私は、たまらず母から目をそらした。
(あ、あれは、ただ単に、彼が精神的な拠り所になってくれていたから・・・!)
そう反論しようとしたが、ついに私の口からその言葉が出てくることはなかった。
「分からない、私には、分からないの、お母さん・・・」
私は、やっとの思いでそのせりふを口にした。
それに対して、母は納得したように、うなずきながら言った。
「・・・そうね、ゆっくり考えなさい?」
おそらく、私の気持ちが揺れていることに、母も気がついていたのだろう。もしかしたら母が私を見てそれを感じ取ったのかもしれないし、母も昔同じような思いを抱いたのかもしれなかった。
どちらにしても、母がそういってくれたので、私は幾分救われたような気がした。
「それに、ティアのその恋を成就させるのは、すごく大変よ?」
「うん、分かってる」
母の指摘に、私は素直に頷いた。
「ありがとう、ありがとう、お母さん。」
私は、母にそう言った後、心の中で付け足した。
(もしこの想いが通じたらそれでいい。もしこの想いに気がつかないなら、私はずっと想い続けよう。たとえあの人にこの想いを拒まれても、よき仲間として慕っていこう。)
そして、私は窓から外を見る母の視線を追った。辺りはすっかり暗くなってしまったが、その分先ほどよりもいっそう街の明かりは増えていた。その様子はさすがに大都市だけあって、まるで砂金をちりばめたように見えた。
しばらくしてからアニスも席に戻り、中断していた談笑の続きを楽しんだ。

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