そしてその翌日。
私は、午前中は母を驚かせるための仕上げのために魔術師ギルドに赴いた。最初は母に対して申し訳ないと思っていたが、ちょうど母も用事が入っていたらしかったので、ちょうど良かったと思った。
そして母と落ち合って昼食を取り、その後剣の練習やピクニックなどで何回も足を向けていた森の中に入った。
とは言っても、今日の目的は戦いの練習ではなかった。
その代わり持ってきたのは、ハサミやブラシなどの道具だった。
昔そうしていたように、私は母に髪を切ってもらうためにここに来たのだった。
無論、母と別れてから今まで髪にハサミを入れたことがないわけではなかったが、今まではせいぜい肩に届くかどうか位の長さに切ってもらうだけだった。母と生き別れになったときの髪の長さに切ってもらうのは、母と再会してからと決めていたのだった。
私は適当な大きさの切り株を見つけると、そこに飛び乗るように座った。母に髪を弄ってもらうことが、本当に待ち遠しかったのだ。
母は苦笑しながら「相変わらずね」といって、私の後ろに立った。
私は、母に髪を切ってもらうのが大好きだった。
髪を切ること自体も嫌いではなかったが、何よりもその間母と二人だけの時間を過ごすことができるのが一番うれしかった。
「本当に、久しぶりね」
母はそういいながら、慣れた手つきで私の髪を切って行った。
(お母さん、あれから誰かの髪でも切っていたのかしら?)
私は、不思議に思った。私の記憶に残っていたよりもさらにてきぱきと髪を捌いていた様に感じられたからだ。
「お母さん、ティアのこの髪とっても好きよ」
母は言った。そう、昔も髪を切ってもらう度にそう言ってくれていた。だから、それ自体は珍しいことではなかったけれど、いつ言われてもうれしいものだった。
しかしこの日はそれだけでは終わらなかった。
「ティアのこの髪の色は、ジルとお母さんの二人の髪の色を受け継いでいるのだから」
「ジル・・・って、お父さんの名前?」
「ええ。ジル=マナリス、あなたのお父さんの名前よ」
初耳だった。父の名前も、父の髪の色の事も。
それから、母は私の髪を切る手を休めることもなく、父との思い出を語ってくれた。
最初の出会いは、セシュの村の近くだったそうだ。何も知らず森に入ってきた父を、母も含めてセシュの村の住民が弓を構えて包囲した。しかし、父はあわてることもなく森に踏み入った非礼をわび、そのまま即座に森を出て行ったのだそうだ。その振る舞いに心を奪われて、それからしばらくした後に母も村から出て行った。
それからは、父の姿を追い求めて冒険者となったのだが、父が別の冒険者の一員であったことを知るや即座にその冒険者から離脱し、父と同じ冒険者グループに入ったのだった。
そのパーティは一定の成果を挙げて行ったのだが、母もその中で精霊使いとしての、レンジャーとしての、そして戦士としての腕をあげていった。特に剣の腕前の上達は多分に父の手ほどきに負うことが多かったらしい。
しかし、母のそんな冒険者稼業も終わりを告げるときが来た。子を身篭ったのだ。それを知ったときの母の身の処し方は早かった。冒険者から完全に足を洗い、セシュの村に帰ったのだ。
父は最初こそ母と一緒に村に行くと言い張っていたのだが、母はそれを断った。エルフは人間が入り込むことを快く思わない。父が村に入ったら、必ず排される。
そして、そのときの父の決断も早かった。エルフ村の住民の対応を身をもって知っていたからだった。
母はセシュの村に戻った。しかし、そんな母を待ち受けていたのは村を捨て人間世界に汚された者に向けられる、エルフの村人たちの白い視線だった。
しかし、そんな村人の嫌がらせにも、母は耐えて見せた。
母はそのまま村のはずれに居を構え、ハーフエルフの女児を出産した。それが私だった。母は娘の私にエルフ式の名前ではなく、父の住む土地の慣わしに従い、「ティア」という名前だけでなく、夫と同じ「マナリス」の姓を付けた。セシュ村の人からの反感を承知の上で・・・。
私は、そんな母の話を聞きながら、涙を流していた。母と父の愛情の深さ、母の私に対する愛情の深さ、そしてエルフと人間の間に芽生えた恋の儚さに。それは、今の私の恋にも言えることだろう。私は、許されざる恋をしたのだろうか?
「ジルは、私と別れても連絡をしてくれるといってくれた。でも、結局一回も連絡してくれることはなかった。きっと、私のことを忘れたのではない、連絡したくでもできなかったのだと思うの・・・。私は、そう信じてる。だって、ジルは約束を必ず守る人だったから」
母は、そこで話を締めくくった。
私は、無性に父に会いたくなってきた。私は、母はもちろん、この世に私という命を産み落としてくれたもう一人の当事者である父にも感謝している。
でも、父は、どのような思いで母を抱いたのだろう。一度聞かずにはいられない心境だった。
「それで、お父さんは・・・?」
そこで、私は言いよどんでしまった。何をどのように聞いたらいいか分からなかったのかもしれない。
「今もしジルが生きていたら、73歳。人間であるジルが生きているのかどうか、それすら疑わしいわね・・・。」
その母の答えは、私が欲していた回答かもしれなかった。
父と会いたい。とても会いたい。でも、それは一生実現できないかもしれない。
しかし、先ほどの思いは、実際に父に聞かない限り私に分かることではないだろう。もしかしたら、聞いてもわからないかもしれない。
それから少しの間、その場を沈黙が支配した。
「ありがとう、お母さん。私にこんないい話を聞かせてくれて」
しばらくして、私は母に礼を言った。
「何言ってるの。私はいつかあなたにしないといけない話をして聞かせただけなのに」
母は、笑い声を上げながら返した。
私もそれにつられてつい笑ってしまった。
それからずっと、髪を切り終わっても、母は私に父の話を聞かせてくれた。
私はあるときは笑い、あるときは驚きながら、母の話に聞き入っていた。
母が話を切り上げ宿に帰る支度を始めたのは、もう日が傾き、西の空が赤く染まり始めたときだった。

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