そして、ついにファンの街と、母と別れるその日がやってきた。
本当は、このままずっと母の元にいたかった。
でも、母と私を取り巻く環境は、それを許さなかった。
私はSMSの一隊長としての役目もあるし、今まで世話になり続けた冒険仲間への恩返しもしなければならなかった。母にもリュウゼンの小間使いとしての仕事があり、いつまでも私に構ってばかりいることは出来ないのは明白だった。
私は、母と肩を並べてファンの町の西門に向かった。
どうやら母は私が街を出るまで見送ってくれるらしかった。
少しでも別れを先延ばししたかった私にとってはありがたいことだった。
もちろん、宿から門までの間も、私たちは時間を惜しむかのように話し続けた。
そして、西の門がすぐそこに見えてきた。母は門を出ると、私に声をかけてきた。
「本当に、遠くから会いに来てくれてありがとう。」
「何言ってるの、お母さん。娘が母親に会いに来るのは当たり前のことじゃない」
母の言葉に、私は笑いながら答えた。
そして、今度は私のほうから母にお礼を言った。
「お母さんも、私のためだけに時間を割いてくれてありがとう」
すると、母も
「何言ってるの、ティア。わざわざ遠くから娘が母親に会いに来てくれたのですもの、時間を割くのは当たり前のことじゃない」
と返した。
私の口調に似せた母の答えに、私はくすっと笑った。それにつられたかのように、母も微笑を漏らした。
そして、ついにこらえきれなくなって、二人同時に大きく笑い始めた。
しばらくそうして笑っていたが、ふと思い出して、私は取って置きの物を懐から取り出した。
「そうそう、これはお母さんへのプレゼント。受け取って?」
そういいながら私が母に渡したものは、私の絵が納まったペンダントだった。母の目を盗んでこのペンダントを買い、ペンダントに収める肖像画を描いてもらうためにわざわざファンでも有名な画家に魔術師ギルドに来てもらったのだ。
母は早速ペンダントのふたを開けると、熱いものがこみ上げてきたのか、そっと目頭を押さえた。すると、母もやはり懐から何かを取り出して私に手渡した。
「これはティアへのお母さんのプレゼント。受け取ってくれるわね?」
私はいぶかしみながら今さっき渡されたものを見た。私がさっき母に渡したものとそっくりのペンダントだった。そっとふたを開けてみると、そこには母の肖像画家描かれていた。
私は驚いた顔を母に向けた。母は少し首を傾げながら暖かい微笑を浮かべて私を見ていた。
私も何か熱いものがこみ上げてきた。そっと目頭を押さえ、涙声になりながら言った。
「お母さん、ありがとう、お母さん・・・」
そんな私を見て、母は苦笑しながらハンカチで私の目頭を押さえて言った。
「あらあら・・・。あなたのかわいい顔が台無しよ?」
そのせりふが、久しぶりの再会のときに母が言った言葉と似ていたのを思い出して、私は涙を浮かべながら笑った。

「じゃあ、そろそろタラントに帰るね、お母さん」
私は自分のほうからそう切り出した。
「そうね。ティアもタラントでしないといけない仕事もあるものね」
母はそういうと、
「では、また会いましょう。今度は遠い未来ではなく、近い将来に」
永久を永久と感じないエルフらしからぬ言葉で私に約束してくれた。
「うん、約束だよ?」
それに対して、私は力強くうなずいた。
「じゃあ、気をつけて帰るのよ?」
「私はもう大丈夫よ、お母さん。今はこれがあるから」
些か心配そうに言った母に対し、私は腰に付けたレイピアと背中に括り付けた魔術師の杖をたたいてそういった。
「では、行きなさい、ティア。私はティアの姿が見えなくなるまでここで見送っているから」
母が言うと、私はそっと母に歩み寄り、両手を母の背中に回しながら言った。
「じゃあね、お母さん、また会う日まで」
「また会う日まで」
母はそういうと、左手を私の背中に回しながら右手で私の頭をなでてくれた。
しばらく抱き合ったあと、母と私はどちらからというでもなくお互いを解放した。
「では、行って来ます、お母さん」
「いってらっしゃい、ティア」
私と母は、普通の家庭で毎日のように交わされる別れの言葉を口にした。
久しぶりに再会を果たした二人が別れる時にお互いが発した言葉は、もしかしたらお互い近い将来に会おうという意思表示かもしれなかった。
兎にも角にも、私は後ろ髪をひかれる思いを断ち切るようにくるりと反対側を見ると、じっと見送ってくれるだろう母の視線を背中に受けながら歩み始めた。
そして、ファンへの道中でクックルに語りかけた場所まで来て、私は視線を今来た道のほうへ、ファンの街のほうへ、じっと見送ってくれているはずの母のほうへ向けた。
その姿はだいぶ小さくなっていたが、間違いなく母は門の傍に佇みじっとこちらを見つめていた。
私は遠くにいる母に声を届けようと、シルフに呼びかけて、エルフ語で言った。
『ありがとう、お母さん!』
しばらくすると、今まで静かだったこの場所を微風が駆け抜け、母の声が届いた。
『ありがとう、ティア!』
その言葉は、やはりエルフ語だった。
私はうれしくなって、その場で飛び跳ねながら母に向けて両手を振った。
それに応えて母も私に対して右手を振ってくれた。
私はそんな母の姿を認めると、再びファンの街に背を向けて歩き始めた。

今回の旅で、私はかけがえのないものを取り戻すとともに、私にとって大事なものを再認識したように思った。
これからは、どこにいても母とともにいる、そして今まで頼りにしてくれた仲間たちも私のことを心のうちから支えてくれるだろう。
私は、肩にとまっていたクックルを右手に乗せると、その手を私の顔の前に持って来た。
そして目の前にいるクックルに語りかけた。
「私は、もう大丈夫。これからは傍にお母さんがいなくても。だって、心のうちに母がいるんだもの」
そう思うことが出来るようになったのは、今回の旅で母娘の絆を取り戻すことが出来たからだろう。
クックルも今回のことで一件落着したことを喜ぶかのように、喉を鳴らした。
私はしばらくの間その場に佇んでいたが、
「さあ、クックル、タラントに帰りましょう。皆がいるタラントへ!」
そういいながら、クックルを乗せた手を前に押しやった。
それにつられて、クックルの私の手を離れ、前に向かって飛び出した。
私はそんなクックルを見つめながら決心した。
(これからは、先だけを見据えて生きていこう。もう、過去を振り返る必要はなくなったのだから。)
そう、そのために、未来を一緒に歩むこれから一緒に仲間が待つタラントに戻ろう。
そして私も、クックルのあとを追うように駆け出した。一路タラントに向かって。

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